【論稿】事業の撤退

(弁護士 近藤翔太)

1 はじめに

事業活動を継続するにあたっては、経営資源を再配分するために、採算の取れない事業を整理することがあり、事業を整理する方法としては、様々な方法が考えられます。

まずは、第三者に対して当該事業を承継する方法が考えられます。整理の対象となる事業が、当該会社の事業の一部である場合は、事業譲渡や会社分割といった方法が検討の対象となり、他方で、子会社が整理の対象となる事業を営んでいる場合は、当該子会社の株式の譲渡といった方法が検討の対象となります。

上記のような第三者に対する譲渡といった方法による場合、例えば、一定の対価が支払われることや、相手方との交渉によっては雇用を確保できる可能性があること、さらには後述する清算と異なり、基本的には手続が簡易となることといったメリットが考えられます。

しかしながら、このような方法は、対象となる事業又は子会社の買手候補がいる場合に限られるため、必ずしも選択できる方法ではありません。

上記のような買手候補がおらず、第三者に対する事業の承継が難しい場合、事業を整理するためには、事業ないし子会社を清算するという方法を検討することになります。法的手続との関係では、法人ごと清算する方法は、破産手続、特別清算、通常清算が存在します。

本論稿では、複数ある清算の方法の中から子会社を通常清算することにより事業を撤退する場面を念頭に置き、頻繁に検討が必要となる事項について、実務的にはどのような点を考慮し、検討を進めていくかという形で触れたいと思います。

2 通常清算が選択される場面について

通常清算とは、会社法に基づく会社を清算するための手続ですが、主な特徴としては次のような点が挙げられます。

① 債権者の意思に反して債権の減額及び免除をすることができない。

② 裁判所の関与を受けずに手続を進めることができる。

③ 破産手続や特別清算等の他の手続と異なり、倒産というイメージに伴うレピュテーションリスクが低いとされている。

まず、上記①のように、通常清算の手続では、原則として、会社に対する債権が強制的に減額及び免除されないこととされております。そのため、通常清算の方法により清算をするためには、全ての債権者に対して弁済をするか、債務免除を受ける必要があります。仮に清算株式会社が債務の全てを弁済することができない状況の場合は、事前に親会社等から清算に必要な借入を受けるなどの一定の手当てをする必要があります。

清算しようとする会社の場合、既に債務超過に陥っていることなどが多く、そのような会社が通常清算を選択するには、上記の手当てを講じざるを得ない状況が多いと思われます。それにもかかわらず、事業撤退の方法として通常清算という方法が選択されるのは、上記②及び③のようなメリットがあるからだと考えられます。

まず、上記②との関係では、通常清算の場合、裁判所や破産手続における破産管財人のような第三者の関与を受けることなく手続を遂行することができます。これは、手続的な負担が軽いということのみならず、第三者を関与させないことにより手続が予期していない方向へ進んでしまうことを予め防ぐことができるということを意味します。

また、上記③に関しては、特に親会社や他のグループ会社が営む事業の内容によっては、子会社やグループ会社が倒産したと受け取られることによるレピュテーションリスクが大きく、事実上撤退の方法として通常清算しか選択し得ない場合もあると思われます。

3 解散をするタイミング

通常清算をするためには、株主総会の決議により会社を解散する必要があります。いつの時点で解散するかは、事業撤退のスケジュールを組むうえで1つのポイントになると考えられます。

会社法上、会社は解散した後、遅滞なく、債権者に対して一定の事項を公告及び催告をして、2か月以上の債権申出期間を設定する必要があるとされています。そして、当該債権申出期間中、会社は原則として債務の弁済をしてはならないとされております。

このような手続上の制約があることから、基本的には、解散した直後に債務を弁済する機会を可能な限り減らすために、会社が締結している契約の解消、資産の売却や債務の弁済といった整理を可能な限り行い、それが完了した後に会社を解散することが望ましいと考えられます。もっとも、債権申出期間中も少額の債権等については、裁判所の許可を取得したうえで例外的に弁済することができます。そのため、実際に事業の撤退をする際は、可否や債権者との交渉で弁済日を繰り延べることができるか、裁判所の許可を取得したうえで弁済できるかなども考慮し、事案によって柔軟なスケジューリングを検討する必要はあります。

4 債権者の取扱い

上述のように、通常清算をする場合には、会社は全ての債務に対して弁済をするか、免除を受ける必要があります。しかし、事業の内容によっては、債権者が多数存在し、かつ、債権者の所在を確実に全て把握できないようなケースもあります。例えば、サービスのユーザーから一定の金銭の預託を受けているものの、ユーザーの登録情報が更新されていないなどの事情により、預託金の返還が困難であるというような状況です。

会社法上は、「知れている債権者」以外であって、上記3の債権申出期間内に申出をしなかった債権者は、清算手続から除斥されます。会社は、除斥された債権者に対しては、「分配がされていない残余財産」の範囲内でのみ弁済をすれば足りるとされておりますので、「分配がされていない残余財産」が無い場合は、結果として除斥された債権者に対しては弁済をする必要がなくなります。

「知れている債権者」とは、会社の帳簿その他により氏名・住所等が会社に知れている債権者をいうとされております[1]。そのため、先ほどの例でユーザーの連絡先が全く分からないというような場合は、当該ユーザーは「知れている債権者」には該当しないという整理も可能と考えられ、そのようなユーザーから債権の申出がなされない場合には、法的には当該債権者を除斥することで清算手続を進めることも可能となります。

もっとも、先ほどの例のような場合であっても、ユーザーの中には連絡先の変更が無く、連絡を取ることが可能なユーザーがいる可能性があります。この場合には、どのユーザーに対して連絡を取ることをできるかをどのように確認するかという問題が生じることがあります。また、親会社やグループ会社のレピュテーションという観点からは、清算が結了した後にユーザーから返金の要請が来た場合に、除斥されたことを理由に支払を拒絶することで良いのかという点も問題となることがあります。このような問題点等も踏まえて、債権者をどのように取扱うか検討する必要があると考えられます。

5 おわりに

本論稿で触れた論点はあくまでも限られたものであり、また、記載した内容はあくまで一例に過ぎません。論点の適切な対処方法やそれを支える考え方は、会社ごとに異なるため、事案ごとに検討を重ね、適切な進め方を模索するほかないと思われます。

もっとも、本論稿が通常清算による事業の撤退を検討されている方々の参考になれば幸いです。

以上


[1]  落合 誠一『会社法コンメンタール12』(商事法務、2022)269頁

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