【論考】中小企業版私的整理ガイドラインと協議会スキームの棲み分けを考える -近時の公表資料を踏まえて

 (文責:弁護士 菅野 邑斗)

1 はじめに

 2022年3月4日に中小企業の事業再生等に関するガイドライン[1] [2](以下「本GL」といいます。)が公表され、早1年以上の期間が経過しました。近時、帝国データバンクが公表した調査によると、第三者支援専門家が関与した案件は既に145件(再生型99件)に上るとされ[3]、短期間で、多くの案件において利用されていることが分かります[4]

 本GLの運用が進む中、実務上、議論が活発している論点としては、①本GLに基づく再生手続(以下、単に「本GL」といいます。)と、②従前より活用されてきた、中小企業活性化協議会(旧中小企業再生支援協議会)の再生支援スキーム(以下、単に「協議会」といいます。)の棲み分け(使い分け)をどの様に考えるかという点になります。

そこで、本稿では、近時公表された各資料を踏まえ、本GLが馴染む事案類型を考察します[5]。なお、本文・脚注で引用している資料の略記については、末尾に纏めています。

2 各資料から読み取れる本GLが馴染む事案

(1)資金繰り等からスピード感が要求される事案

 まず、多くの資料において、資金繰り等の関係でスピード感を要するため、本GLを利用した旨の指摘がされています[6](例えば、事例集カットCase4は、スポンサー決定から事業譲渡実行までが約3か月で行われています。)。この点、本GLが何故スピード感をもって対応可能であるかについては、引き続き実務動向からの検討を要するところですが、債権者会議の実施方法や回数等も明示的なルールがなく、手続進行やスケジュールについての柔軟性があるとの指摘もあります[7]。ただし、筆者の見聞きする範囲では、協議会も事案によってはスケジュール等について柔軟な対応をしている場合があるため、後述3の留意点を踏まえ、本GLの利用が悩ましい事案については、本GLの利用に固執せず、協議会への相談・利用も柔軟に検討すべきでしょう。

(2)財務諸表上の課題が存在する事案

 事例集カットCase8では、財務諸表上の課題が多く、協議会等の手法による対応が困難であった事例が紹介されています(ただし、当該課題の詳細は不明です。)。実務上は、粉飾決算等が著しい場合には、管轄の協議会での取り扱いが難しい場合もあり、その様な場合に最後の私的整理手段として本GLの利用を検討すべき場合もあるでしょう(もっとも、本GLを利用したとしても、当然、粉飾決算等が正当化・許容されるものではなく、むしろ、金融機関の理解を得るためには相応の苦心を要すると思われます。)。

(3)特殊なスキームを要する事案

 事例集カットCase1では、債権の時価譲渡による再生スキームが、協議会の再生案件として馴染まなかったため、本GLが利用された事例が紹介されています。そのため、(いわゆる第二会社方式・リスケジュール等といった典型的なスキーム以外の)特殊な再生スキームを採用する必要がある場合で、管轄の協議会での取り扱いが難しい場合には、本GLの利用が検討の俎上にあがると思われます。ただし、筆者の見聞きする範囲では、協議会でも特殊なスキームを採用した場合があるため、(1)と同様に、本GLの利用が悩ましい事案については、本GLの利用に固執せず、むしろ協議会への相談・利用も柔軟に検討すべき場合もあるように思われます。

(4)協議会が支援対象としない債務者の事案

 協議会の支援対象は、いわゆる「中小企業」(産業競争力強化法2条22項、常時使用する従業員数が300人以下の医療法人を含みます。)に限られるとされます(他方、社会福祉法人、特定非営利活動法人、一般社団法人、一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人、農事組合法人、農業協同組合、生活協同組合、LLP(有限責任事業組合)及び学校法人は支援対象外です。)[8]

 他方、本GLについては、学校法人や社会福祉法人など会社法上の会社でない法人についても、その事業規模や従業員数などの実態に照らし適切と考えられる限りにおいて、本GLを準用することを妨げるものではないとされるため[9]、協議会が対象としない法人については、本GLの利用を検討すべきでしょう。

3 本GL利用の留意点

 他方で、仮に本GLの利用を検討する場合にも、以下の点には留意し、その利用の可否を検討すべきでしょう。

(1)基本的にプレ再生計画は想定されないこと

 協議会においては、いわゆるプレ再生計画(旧協議会版暫定リスケ)[10]の利用が可能です。他方、本GLについては、小規模企業者の例外を除き、いわゆる数値基準を満たさない事業再生計画は認められていませんので、プレ再生計画(と同内容の計画)の利用をするのであれば、協議会を利用すべき場合が多い様に思われます[11]

(2)再生債務者(代理人)側による(一層の)主体的な対応を要すること

 協議会スキームについては、債権者説明会の運営・会場確保、各金融機関への連絡など、手続進行について協議会のサポートを受けることができます。これに対し、本GLについては、これらの手続進行について、再生債務者(代理人)側で、(一層)主体的に行っていく必要があります。かかる負担については留意しておくべきでしょう。この点、本GLは再生債務者(代理人)で主導していく以上、あらかじめ主要債権者との間で共通認識がもてる事案が向いているとの指摘もあります[12]。 

(3)補助金の利用

 本GLについては、公表当初、再生債務者が専門家に支払う費用の一部が補助されることが大きな利点として指摘されましたが、昨今、当該補助金申請の手続が複雑で大変である旨の指摘もあります[13]。また、本GLの補助金の申請タイミング等を誤ると、補助金の交付がされない場合もありますので[14]、再生債務者(代理人)側で注意する必要があり、この点も再生債務者(代理人)にとっての負担となるように思われます。なお、協議会スキームにおける補助は、比較的スムーズに交付に至っている印象があります。

(4)認知度

 本GLについては、地域によっては認知度が低いとの指摘もあります[15]。事案によっては、再生債務者(代理人)が、まず手続開始段階で、対象債権者に対し本GLの内容等を説明し、理解を得る必要がある(そのための時間を要する可能性がある)点については留意が必要です。もしも理解を得ることが難しい場合(例えば、対象債権者が(馴染みのある)協議会の利用を希望する場合等)には、協議会の利用を検討すべき場合もあるでしょう。

(5)企業再生税制

 協議会は、中小企業再生支援スキームに従って、再生計画を策定し、債務免除等を受けた場合には、企業再生税制(法人税法25条3項、33条4項、59条2項)の適用を受けることができます。これに対し、本GLの手続では同税制の適用は受けられないため、その他の理屈から免除益等の課税を回避できるかについては留意し、事前に検討しておくべき場合もあるでしょう[16]

4 おわりに

 以上の考察からもわかる通り、本GLと協議会の間には明確な(一義的な)棲み分けがあるわけではない様に思われます。そのため、結局のところ、各手続の特性・留意点を踏まえつつ、個々の事案においてより馴染む手続を選択することが重要と考えます。筆者も、引き続き、私的整理の一担い手として、両者の棲み分けの分析を続けたいと考えます。本稿が、今後の中小企業の私的整理実務における検討や思考の一助となれば、望外の喜びです。

【各資料の略記一覧】

略記正式名称
ガイドラインのすべて小林信明=中井康之編『中⼩企業の事業再⽣等に関するガイドラインのすべて』(2023年、商事法務)
再生支援実施要領Q&A中小企業庁「中小企業活性化協議会実施基本要領 別冊2 再生支援実施要領Q&A」2023年4月1日改訂(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/download/yoryo_betsu2_qa.pdf
実践的活用山崎良太=稲生隆浩=石田渉「成立事例にみる中⼩企業の事業再⽣等に関するガイドラインの実践的活用」事業再生と債権管理2023年1月5日(No179)号78頁
実態調査株式会社帝国データバンク「「中⼩企業の事業再⽣等に関するガイドライン」の実態調査」2023年10月25日(https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p231010.pdf)
事例集金融庁「中小企業の事業再生等に関するガイドライン事例集」2023年10月(https://www.fsa.go.jp/news/r5/ginkou/20231017/jigyosaiseigl-jirei.pdf ) 同資料の項目のうち、 「事例集-再生型私的整理手続き(債務減免あり)-」を「事例集カット」といい、 「事例集-再生型私的整理手続き(債務減免なし)-」を「事例集リスケ」という。
本GL・QA中小企業庁「「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」Q&A」2022年4月8日改訂(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/sme-gl/sme-guideline_qa.pdf )

以上


[1] https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/sme-guideline/

[2] 筆者が関与した論考になってしまいますが、本GLの概説として、衛藤佳樹=菅野邑斗=戸田涼介「中小企業の事業再生等に関するガイドラインの概要」2022年4月20日(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2022/13402.html)

[3] 実態調査2頁

[4] この点、事業再生ADRは、2008年11月の運用開始から2021(令和3)年3月までの約13年間で、手続利用申請件数は86件(269社)であり(下記資料4頁)、このことからしても、本GLの利用件数が、いかに堅調に推移しているかが分かります。

経済産業省「事業再生ADR制度について」令和3年度(https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/adr/jigyousaiseiadr_gaiyo_R3.pdf

[5] なお、本稿は再生事案を念頭に置いていますが、本GLにおける廃業型については、協議会では取り扱いがないため、本GLの検討をすべき場合が一層多いと考えます。

[6] ガイドラインのすべて11頁、実態調査4頁、事例集カットCase4・5・7・8・9、事例集リスケ1・2

[7] 実践的活用79頁、実態調査4頁

[8] 再生支援実施要領Q&A・Q10、ガイドラインのすべて9、130頁

[9] 本GL・QA・Q3

[10] アクションプランの実効性を確認・検証する期間が必要とされる場合や、滞納公租公課の解消等を目的とする場合など、直ちに数値基準を満たす再生計画を策定することが困難な場合に、3事業年度(再生計画成立年度を含まない)を限度とする暫定的なリスケジュールを内容とする再生計画(再生支援実施要領Q&A・Q32)

[11] 本GL第三部4.(4)②、ガイドラインのすべて131頁。ただし、同書10頁は本手続(自体ではなく)準じた方法で、プレ再生計画(と同内容の計画)を策定する方法も示唆する。

[12] ガイドラインのすべて132頁

[13] 実態調査4頁

[14] 例えば、外部専門家及び第三者支援専門家は、協議会からの委嘱への承諾前(委嘱承諾書の日付前)に行った業務については、支払申請の対象にならなないとされますし、また、どんなに遅くとも利用申請は、計画成立前までに行われる必要があります(中小企業庁「策定支援事業(ガイドラインに基づく計画策定等の支援〈中小版GL枠〉)マニュアル・FAQ」2023年4月1日(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/download/05/04_03.pdf) Q2-2-1

[15] 実態調査4頁

[16] 国税庁「「中小企業再生支援協議会の支援による再生計画の策定手順(再生計画検討委員会が再生計画案の調査・報告を行う場合)」に従って策定された再生計画により債務免除等が行われた場合の税務上の取扱いについて」(https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/hojin/140620/index.htm )、ガイドラインのすべて12頁、131頁。この点、ガイドラインのすべて13頁では、本GLにおいては、繰越損失の利用や、第二会社方式の利用が考えられる旨が指摘されています。

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