(文責:弁護士 権田修一)
自然災害により債務の返済が困難になった方を対象として、債務の一部または全部を免除するためのガイドライン(通称:自然災害ガイドライン)があります。この自然災害ガイドライン(本則)に、コロナ禍で債務の返済が困難になった方向けの特則(通称:コロナ特則)が加わりました。
本稿では、自然災害ガイドラインとコロナ特則について、Q&A方式でご説明いたします。
Q1 自然災害ガイドラインとは?
A1 自然災害ガイドラインの正式名称は、「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」です。
自然災害ガイドラインは、災害救助法が適用された自然災害によって債務の支払ができなくなった、あるいは近い将来できなくなると見込まれる個人債務者の既往債務のうち一部または全部を免除するという制度です。
Q2 自然災害ガイドラインの対象者は?
A2 個人債務者が対象です。個人事業者も対象になりますが、法人は対象外です。
Q3 自然災害ガイドラインによる減免の対象となる債務は?
A3 既往債務、すなわち自然災害発生日以前の借入が対象です。
原則として、銀行や貸金業者、クレジット会社、リース会社、債権回収会社(サービサー)といった金融機関の債務が対象になります。
Q4 自然災害ガイドラインはいつから適用が開始されたのか?
A4 2016年4月1日から適用が開始されています。
実際に適用されたのは、2016年4月14日以降に発生した熊本地震による被災者の債務整理からです。
Q5 自然災害ガイドラインを利用するメリットは?
A5 自然災害ガイドラインを利用するメリットとして、次のようなことがあると言われています。
①破産などの法的手続によらずに、債権者との話し合いによって債務の減免が受けられる。
②債務の減免を受ける際に、信用情報登録機関に事故登録されることがない、つまり、いわゆるブラックリストに載らない。
③破産の場合よりも、多くの財産を手元に残すことができる。
⇒ 破産の場合には、手元に残せる財産は、原則として、差押が禁止されている財産(家財道具など)や、99万円までの現金などに限定されています。
これに対し、自然災害ガイドラインの場合には、差押禁止財産(生活再建支援金等も含む)のほか、上限500万円を目安とした現預金等や、上限250万円を目安とした家財保険金等も手元に残すことができます。
現預金等について上限500万円を目安として手元に残せることにしたのは、東日本大震災の当時、被災した債務者の破産手続において約500万円の自由財産(=債権者への配当に回さず、破産者が自由に使える財産)が認められた事例が参考にされたものです。
また、上限250万円を目安とした家財保険金等も手元に残せることにしたのは、差押禁止財産である家財の代わりになるものだからです。
④保証人がいる場合であっても、原則として保証人への請求はされない。
⑤自然災害ガイドラインの手続を進めるにあたり、弁護士、税理士、公認会計士、不動産鑑定士といった「登録支援専門家」の支援を無料で受けることができる。
Q6 自然災害ガイドライン手続の流れは?
A6 概ね次のような流れになります。
①債務者が、対象債権者のうち債務の残額が最大の債権者に対し、手続着手同意の申出をする。
②申出を受けた債権者が、手続着手に同意する(10営業日以内)。
⇒ 債権者は、債務者から手続着手同意の申出があった場合、所定の要件に該当しないことが明白である場合(例えば、反社会的勢力である場合)を除いて、不同意の表明をしてはならないこととされています。
③債務者が、最大債権者から発行された同意書を添付して、弁護士会に登録支援専門家の委嘱依頼をする。
⇒ 各地の弁護士会のウェブサイト等に委嘱依頼書等の書式や提出先が載っています。
例えば、第二東京弁護士会のウェブサイトの該当ページは下記のURLのとおりです。
自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(新型コロナウイルスに 適用する場合の特則)|第二東京弁護士会 (niben.jp)
④弁護士会が、自然災害ガイドラインの運営機関に弁護士を推薦し、運営機関が推薦された登録支援専門家に委嘱する。
⇒ 委嘱を受けた登録支援専門家は、3営業日以内に債務者に通知するものとされています。
⑤登録支援専門家と債務者が打合せをし、必要書類を揃えるなどした上で、登録支援専門家が、すべての対象債権者に対し、債務整理の申出を行う。
⑥登録支援専門家が対象債権者と事前協議を行い、債務減免の内容をまとめた調停条項案を対象債権者に提出する。
⑦登録支援専門家が対象債権者に対し、調停条項案の内容を説明する。
⑧対象債権者が調停条項案の内容を検討した結果、調停条項案に同意する。
⑨債務者(登録専門家)は、簡易裁判所に特定調停の申立てをする。
⑩特定調停が成立する。
⑪債務者が調停条項に従った弁済をし、弁済が完了すれば、残債務は免除される。
Q7 債務免除(調停条項案)の類型は?
A7 自然災害ガイドラインに基づいて債務の免除を受ける場合、その方法は、大きく4つの類型に分けられます。
①清算型(換価処分型)
②清算型(公正価額弁済型)
③将来収入弁済型
④事業継続型
Q8 清算型(換価処分型)とは?
A8 清算型のうちの換価処分型は、手元に残しておくことが認められている財産以外の所有財産を換価処分して、その換価処分代金を対象債権者に弁済する類型です。残った債務については免除されます。
Q9 清算型(公正価額弁済型)とは?
A9 清算型のうちの公正価額弁済型は、手元の財産を処分したくないときに、その財産の公正な価額に相当する額を債権者に弁済することで、財産の換価処分をせずに手元に残したまま、債務の残額の免除を受けるという類型です。
Q10 将来収入弁済型とは?
A10 将来の収入で、弁済能力により定まる金額を弁済することにより、財産の換価処分をせずに、債務の残額の免除を受けるという類型です。
ただし、破産手続によった場合と同等以上の金額を弁済することが必要になります。そうしなければ、債権者としては、債務者に破産してもらった方が回収額が多くなることになり、調停条項に同意するメリットがないからです。
Q11 事業継続型とは?
A11 個人事業者が事業を継続する場合の類型です。
この類型でも、保有財産を換価せず、将来の事業収益で、破産手続によった場合と同等以上の金額を弁済することになります。
事業継続型の調停条項案では、事業の見通しや、収支計画を作成する必要があります。これらの作成にあたっては、税理士や公認会計士などの登録支援専門家の支援を受けることができます。その費用は無料です。
Q12 弁済期間は何年以内か?
A12 Q7の②公正価額弁済型や③将来収益弁済型、④事業継続型で分割弁済をしていく場合の弁済期間は、原則として5年以内とされています。ただし、例外的事情があれば、対象債権者と個別に協議して、延長してもらうことも可能です。
Q13 コロナ特則とは?
A13 従来の自然災害ガイドライン(本則)について、2020年10月30日に策定・公表された「新型コロナウイルス感染症に適用される場合の特則」のことをいいます。2020年12月1日から運用が開始されています。
Q14 コロナ特則の対象者は?
A14 コロナ特則の制度の対象になるのは、新型コロナウイルスの影響で収入や売上が減少するなどして、債務の返済ができなくなった、あるいは近い将来できなくなると見込まれる個人の債務者です。個人事業者も対象になりますが、法人は対象になりません。
Q15 新型コロナウイルスの影響で収入や売上が減少したかどうかは、どのように判断されるのか?
A15 2020年2月1日を基準日として、それ以前と、この制度を利用して債務整理の申出を行う時点の収支を比較するなどして、判断されることになります。
なお、基準日が2020年2月1日とされているのは、この日に新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令が施行されたからです。
Q16 債務の返済ができない、あるいは返済ができなくなると見込まれる状態と言えるかどうかは、どのように判断されるのか?
A16 住宅ローンがある場合には年収と住宅ローンの比率や、債務総額や収入の状況、保有している財産の額などを考慮して、判断されることになります。
Q17 コロナ特則による減免の対象となる債務は?
A17 原則として、銀行や貸金業者、クレジット会社、リース会社、債権回収会社(サービサー)といった金融機関の債務が対象になることは本則と同じですが、コロナ特則では、次の点が異なります。
すなわち、基準日である2020年2月1日を境に、減免の対象となる債務の種類が変わってくることです。
2020年2月1日以前の既往債務については借入の目的等にかかわらず、対象になります。
これに対し、2020年2月2日からコロナ特則の制定日である2020年10月30日までに借り入れた債務については、新型コロナウイルス感染症の影響による収入や売上等の減少に対応することを主な目的としたものに限定されます。
そして、2020年10月31日以降に借り入れた債務や、借り換えを行った債務は、減免の対象になりません。
Q18 コロナ特則による債務免除(調停条項案)の類型は?
A18 Q7で説明しました本則による債務免除(調停条項案)の①~④の類型に加えて、コロナ特則では、⑤住宅資金特別条項を含む類型があります。
住宅資金特別条項とは、民事再生法に規定されているものです。簡単に言うと、他の債務は減免してもらうのに、住宅ローンだけは支払続けることによって、自宅を残せるようにする条項です。
Q19 コロナ特則による債務免除を受ける場合、手元に残せる財産は?
A19 Q5の③で、自然災害ガイドライン(本則)の場合には、破産の場合よりも、多くの財産を手元に残すことができることがメリットであり、差押禁止財産(生活再建支援金等も含む)のほか、上限500万円を目安とした現預金等や、上限250万円を目安とした家財保険金等も手元に残すことができる、と説明しました。
しかし、コロナ特則により債務免除を受ける場合には、法的整理時における自由財産(=債権者への配当に回さず、破産者が自由に使える財産)の考え方が基本となります。
なぜなら、本則の場合には、自然災害により住居等が損壊し、家財も失った債務者が生活を再建していくためには、債務を減免するだけでなく、再建のための資金が必要となるため、ある程度多額の現預金等を債務者の手元に残す必要があるのに対し、コロナ特則の場合には、債務者は生活の本拠となる住居等が損壊していないからです。
【最後に】
今後、コロナ特則を使った債務整理が増えてくるかもしれませんし、自然災害が多発している昨今ですから、本則を使った債務整理も増えてくるかもしれません。
読者の皆様のご参考になれば幸いです。
なお、本稿は、『事業再生と債権管理』第172号に掲載されている次の論稿を参考にして執筆しております。詳細につきましては、これらの玉稿をご覧ください。
・桶谷和人・渡辺裕介・榎崇文・富永浩明「自然災害ガイドラインの積極活用に向けて―新型コロナウイルスへの対応を踏まえて―」(同誌p33~)
・在間文康「自然災害ガイドラインで個人破産を回避する」(同誌p94~)
(脱稿日:2021年4月25日)
以上