【論稿】近年の倒産裁判例の紹介

(文責:弁護士 菅野 邑斗) 

近年(2018年以降)の倒産分野に係る裁判例を紹介する。なお、本稿はあくまでも概要の紹介であり、正確な判決・決定内容等については,原文や後述の掲載紙を参照いただきたい。 

1 生活保護費の不正受給を理由とする徴収金徴収の否認行為該当性 

(1)対象事件: 

東京地判平成30年11月12日 

平成30年(ワ)第13179号 否認権行使請求事件 

 請求棄却(確定) 

(2)論点: 

 破産者の申し出によって行われた生活保護費の徴収は,否認権行使の対象となるか。 

(3)事実関係の概要: 

 破産者は,破産申立以前に,生活保護費の不正受給を理由として生活保護費徴収金決定を受けたため(生活保護法78条),特別地方公共団体に対し,生活保護費からの徴収を申出し(同法78条の2第1項),当該申出に基づき徴収が行われていた。 

 当該徴収は,破産者が自己破産予定である旨を特別地方公共団体に連絡した後も行われていたところ(その後、破産者代理人からの受任通知の送付を受けて徴収の停止),当該連絡後の徴収について,破産管財人が破産法162条1項1号イ(いわゆる偏頗弁済)に該当する等と主張し,その返金を請求した。 

(4)論点に対する判断の要旨: 

・本件の徴収は否認権行使の対象ではない。 

・否認制度の趣旨からすれば,破産者による行為と同視すべき場合には,否認権行使の対象となる。 

・他方,破産債権者のなした相殺権の行使自体は,破産者の行為を含まないため,否認権の対象とはなり得ない(最判昭和40年4月22日集民78号739頁,最判昭和41年4月8日民集20巻4号529頁参照)。 

・徴収の経緯(申出を前提に,毎月相殺処理をしてきたこと等)からすれば,本件の徴収は,破産者の申出による,破産者の同意を得てした、特別地方公共団体からの相殺とみるべきであり,破産者による行為と同視すべきものとはいえない。 

・徴収の機会ごとに破産者の行為を観念することはできないし、本件申出自体は債務を消滅させるものではなく、否認権行使の対象とならない。 

(5)コメント: 

 否認権の対象となる行為の主体が、破産者に限定されるか(ひいては、債権者の行為が存在するのみである相殺が否認権行使の対象となるか)については争いがあるところ,破産者による行為と同視すべき場合には偏頗行為否認の対象となるとの解釈が指摘されている(伊藤眞『破産法・民事再生法(第4版)』)有斐閣・553頁,伊藤眞他著『条解破産法〔第3版〕』1106頁)1。 

 本件も,当該解釈と同様に,「破産者による行為と同視すべき場合」には,徴収行為(法的性質としては,相殺と認定)も否認権の対象となること,及びその具体的認定を示したものであり,参考になると思われため紹介した次第である。 

(6)掲載誌・評釈論文: 

・判例タイムズ№1471(2020.6)176頁 

・金融・商事判例№1558(2019.2.1)40頁 

・銀行法務21№854(2020年3月増刊号)49頁(谷本誠司) 等 

2 不起訴合意条項による破産手続開始申立ての制限の可否 

(1)対象事件: 

仙台高決平成30年12月11日 

平成30年(ラ)第131号 破産手続開始決定に対する即時抗告事件 

 抗告棄却(確定) 

 原審:福島地いわき支決平成30年8月8日(平成30年(フ)第68号) 

(2)論点: 

いわゆる不起訴合意条項は,破産法30条1項2号所定の破産障害事由(不当な目的で破産手続開始の申立てがされたとき,その他申立てが誠実にされたものでないとき)に該当するか。 

(3)事実関係の概要: 

 (新電力業務代行事業等を行う)相手方が,福島地方裁判所いわき支部に対し,(小売電気事業を行っていた)抗告人について破産手続開始の申立てをし,同裁判所が破産手続開始決定をしたところ,抗告人が,破産法30条1項2号の破産障害事由がある等と主張して,即時抗告した事案。 

 従前、相手方は,抗告人に対し,「一切の訴訟提起をしないこと」といった内容(いわゆる不起訴合意条項)が規定された誓約書を差し入れていた。 

(4)論点に対する判断の要旨: 

・本件の不起訴合意条項は,破産法30条1項2号所定の破産障害事由に該当しない。 

・本件の不起訴合意条項は,債務者に対する民事訴訟を提起しないことが合意されたものである。 

・破産の手続は,申立債権者の利益のみならず総債権者の利益実現をも目的とし,加えて,破産者の資産を保全・増殖して,それをすべての債権者に平等に分配するという機能を有するから,上記不起訴合意により破産手続開始の申立てが制約されると解するのは相当ではない。 

・「不当な目的で破産手続開始の申立てがされたとき,その他申立てが誠実にされたものでないとき」とは,真に破産手続の開始を求める意思や破産手続を進める意思がないにもかかわらず,専ら他の目的(嫌がらせの目的や,自己の債権回収のために申立ての取下げを条件として有利に債務者と交渉する目的など)で破産手続開始の申立てをする場合等,申立てが本来の目的から逸脱した濫用的な目的で行われた場合をいうものと解される。 

(5)コメント: 

 債権者と債務者との間の合意によって,あらかじめ債権者の破産手続開始申立権が放棄されている場合(いわゆる破産手続開始申立制限条項),申立権は債権者の利益実現のためであること等に鑑み,当該条項の有効性は認められるとされる(前述の伊藤破産法・民事再生法131頁2,条解破産法256頁等)3。 

 本件は,かかる解釈が,いわゆる不起訴合意条項の場合にも及ぶか問題になり,それが否定された事案である,射程としては限定的と思われるものの,今後の倒産・契約実務等においても,参考になると思われたため紹介した次第である。 

(6) 掲載誌・評釈論文: 

・金融法務事情№2139(2020.6.10)号88頁 

・銀行法務21№860(2020年9月号)66頁(石毛和夫) 

(作成日:2021年5月8日) 

以上 

注1 この点に関連し、最判平成29年12月19日集民257号29頁は、破産法162条1項の「債務の消滅に関する行為」とは,破産者の意思に基づく行為のみならず,執行力のある債務名義に基づいてされた行為であっても,破産者の財産をもって債務を消滅させる効果を生ぜしめるものであれば,これに含まれるとする。前述の伊藤破産法・民事再生法553頁は、破産者による弁済と同視される第三者の行為が否認の対象となるという判断を示したものと指摘する。

注2 伊藤破産法・民事再生法131頁は、特段の事情がある場合は効力が否定されるとし、特段の事情の具体例として、債権者の無知に乗じる場合や,予定された資産配分手続が機能していない場合を指摘する。

注3 

永谷典雄他編『破産・民事再生の実務【第4版】破産編』きんざい・79頁も,債権者による債務者についての破産手続開始の申立ては,自己の権利実現を目的とするものであるから,債権者が自らの意思(合意)によりあらかじめ破産申立権を行使しないとすることが絶対に許容されないとすべきとも思われないという旨を指摘する。一方,個別具体的な事情によって,合理的な意思解釈ないしは約款の拘束力の問題として,効力が否定され得る旨も指摘する。

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