(文責:弁護士 篠田憲明)
最近、破産手続を申し立て、保全管理手続中に事業譲渡を行うという事案に、申立(債務者)代理人として関与する機会を得た。本稿作成日時点では、まだ破産手続中の事案でもあり、また、事業譲渡が実行されてから間がなく私自身の考えもまとまっていないところがあるため、記載できることには限りがあるが、備忘録を兼ね、当該事案の経過を辿らせて頂きたい。
1.私的整理~スポンサー探索開始まで
債務者は、経営状況が芳しくなくなった当初、中小再生支援協議会(以下「協議会」)において、リスケの協議を金融機関団と行っていた。債務者によると、リスケプランについて金融機関の同意を得るために、昨年春頃にバンクミーティングを開催する予定を入れるところまで来ていたようである。ところが、新型コロナ感染症拡大の影響を受けて、上記のバンクミーティングは延期となり、また、美容関係商品の製造・販売を業としていた債務者の経営状況は一段と厳しくなり、計画していた所謂コロナ融資の話もとん挫し、金融機関からは自主再建を諦めてスポンサー探索を始めるよう促されるに至った。ここに来て、自社のみで私的整理手続を進めることに限界を感じ、昨年夏頃に、弁護士(私)に相談に来られた。
受任後、協議会の手続での事業再生を目指し、FAを選定してスポンサー探索を開始した。債務者の資金繰りは非常に厳しい状況であり、毎月下旬の給与支払について、金融機関からつなぎ融資を受けて月末の売掛金入金で返済する、ということを繰り返しながら、また、日増しに大きくなる新型コロナ感染症拡大の影響による更なる資金繰りの悪化については、役員の個人資産を会社に投入して対応しながら、スポンサー探索を継続した。
2.私的整理~スポンサー探索
スポンサー探索は、難航した。債務者の業界は、コロナ禍の影響を大きく受けて、全体として急激に傷んでおり、支援を打診した企業からは須らく事業性に疑問符を呈せられ、支援の意向表明を断念された。
債務者の業界では、信用不安が顕在化すると原料の納入や商品の購入を拒絶される傾向が顕著なため、当初は、同業他社への打診を避けつつ、同業界に興味を有すると思われる信用力の高い会社に打診を行った。しかし、打診先からは、(先行きがまったく不透明な中で)投資資金を数年で回収することができる事業計画の策定を求められ、そのような事業計画の策定ができずに支援断念を伝えられる、ということが続いた。その間、債務者の資金繰りは厳しさを増し、背に腹は代えられない状況となった。そのため、昨年秋以降は、情報管理に万全を期しながら、同業他社を含め広く支援の打診を行った。
その結果、僅かながら、意向表明を提出頂ける企業も出てきた。しかし、いずれも、複数ある工場の一部の承継(従業員については大半が承継対象外)を前提とするものだったため、債務者はスポンサー探索を継続した。年が明けて債務者の資金繰りも限界に近づいた時、債務者の全事業(稼働しているすべての工場と全従業員)の承継を前提とする支援の意向を有する企業が現われた。しかし、当該スポンサー候補が支援条件として検討をしている内容は、①金融機関の担保権が設定されている工場の評価額が、協議会での財務DDの過程で取得された鑑定評価における特定価格をも大きく下回っており(債務者は、比較的近接する時期に大きな資金を投入して工場を新設していたため、事業が急激に劣化する状況においても、工場の再調達原価は高額に出てしまう、というジレンマがあった)、また、②事業評価(のれん代)は殆どつかず、そのため、一般取引債務はおろか、未払の公租公課も支払える見込みが全くないものであった。
債務者の資金繰りは限界が見えてきており、他方、このような条件・状況では、協議会の手続での事業再生も困難である。対応について悩みながらも、唯一と思われる可能性にかけ、債務者の資金繰りが破綻するギリギリのタイミングで、当該スポンサー候補との間で事業譲渡契約を締結するとともにDIPファイナンスの契約も締結し、即、破産手続開始及び保全管理命令の申立てを行った。
3.手続選択
スポンサーと締結した事業譲渡契約における条件を前提とすると、上記のとおり、協議 会の手続での事業再生はできなかった。また、公租公課の未納状況を含む資金繰りの状況や、金融機関の担保権が設定されている工場の評価額(事業譲渡代金)が鑑定評価における特定価格をも大きく下回っている状況においては、民事再生手続を選択して担保権者との協議・交渉を継続し又は担保権抹消手続を執るということも、難しいように考えられた。そのため、事業譲渡を実現することができる唯一の方法として、背水の陣になるが、破産手続を申し立てつつ保全管理命令を得て、保全管理手続中に事業譲渡を実行することを考えた(参考文献について、末尾に記載する)。上記の信用不安による取引拒絶の可能性を考えると、破産手続の申立ては、いわば、最悪の選択でもある。しかし、当該債務者をめぐる状況からは、それしか選択肢がないように思われた。
なお、債務者の事業に関する許認可を新たに取得するには、約3ヶ月の期間を要する。破産申立てにより債務者の事業が更に急激に劣化することが予想されたため、この許認可を取得するための期間自体を、行政機関との折衝を通じてできる限り短くするとともに、後述する担保権者との協議・交渉も短期間でまとめる必要があった。(また、債務者は、工場の建設等のために多額の補助金を得ていたため、補助金を拠出していた国や県との協議も別途行う必要があったが、紙幅の都合上、割愛する。)
4.保全管理命令後~事業譲渡の実行
破産手続開始申立ての取引関係への影響は、予想に違わず、大きかった。信用調査会社やマスコミによる報道内容(取材)には留意をしたが、債務者の意に沿わず「破産」という言葉が一人歩きし、また、過去債務の支払が棚上げされる中での協力依頼には、難しい面が多くあった。当初は、原料の仕入関係にも大きな混乱があった(債務者が製造する商品は、僅かな分量の原料の仕入が滞るだけでも、その原料を使う商品が全く製造できなくなる)。しかし、この難局を、スポンサーの信用力(スポンサーの代表者が、債務者の代表者とともに自ら取引先に出向き又は架電し、次々と取引継続の協力をとりつけて下さった)と保全管理人団の粘り強い対応により、乗り切って頂けた。
もう一方の最大の懸案事項である担保権者との協議・交渉も、当初は先行きが全く見えなかった。幸い、スポンサー決定の過程については、協議会の手続においても最低限必要と思われる情報開示を行っており、破産申立てについても申立て直後に金融機関団に報告書を送付し訪問して説明するなどしたこともあり、(金融機関においても、破産申立て・保全管理手続における事業譲渡、というのは経験したことがない、というところが多かったが)手続選択等に関しては早々に理解を得ることができた。他方、鑑定評価における特定価格を大きく下回る事業譲渡代金をもって、担保権者から担保抹消の同意を得ることについては、難航した。債務者代理人としては、ウルトラCを持ち合わせていたわけでもなく、実直に、債務者が提示する担保権評価額(事業譲渡代金)の合理性を様々な観点から丁寧に説明をする他なかった。
担保権評価額(事業譲渡代金)の合理性については、協議会での財務DDの過程で取得された鑑定評価の疑問点を中心に検討を進め、新たな鑑定評価書を取得した。担保権評価において特に留意した点は、主に、①再調達原価の算定方法、②市場性修正、③競売市場修正の3点であった。これらの点について、具体的な数値をもって丁寧に説明を行った。また、事業譲渡が実行できない場合の換価価値に関連して、工場内の設備等の処分費用や、処分に要するまでにかかる維持費用などについても言及した。さらに、破産申立て後の事業の劣化についても経営上の具体的な数値をもって説明し、事業譲渡の実務的な期限についても理解を得られるよう努めた。その他、コロナ禍の状況下での事業譲渡の意義も強調し、金融機関に困難な検討を進めて頂く上での後押しにも心がけた。
金融機関も、コロナ禍が継続する状況下での事業譲渡の意義については十分に理解を示して頂き、また、面談を重ねるうちに、少しずつ前向きな反応が感じられるようになった。金融機関には、独自に取得している鑑定評価書しか行内での検討対象にしない、というところもあり、この新たな鑑定評価書がどれだけ効果があったかについては不明だが、少なくとも、担保権評価に関するいくつかの重要な視点の提示は大きな意義をもったものと思われる。保全管理人団からの強い後押しも頂き、今春、すべての担保権者から担保権抹消についての同意を得ることができた。
また、必要な許認可も行政機関の協力の下、想定していた時期よりも少し前倒しで得ることができた。結果、今春、事業譲渡を実行することができた。
5.雑感
保全管理命令後、債務者代理人としての関与は、主に、①当初の現場・事業保全、②担保権者との協議・交渉、③行政機関への説明・折衝(補助金関係の対応を含む)に限られる。そのため、保全管理手続中の事業遂行やスポンサーとの様々な調整をはじめとして、困難を極めていたと思われる多くの事項については、専ら保全管理人団のご尽力によって乗り切って頂いていたことは、想像に難くない。
本件における事業譲渡の実行は、専ら、困難な状況下で揺るぎない支援意思を貫いて下さったスポンサー、そのようなスポンサーとの縁を結んだ債務者自身及びFA、破産申立て後に次々と出現する難局を乗り切って頂いた保全管理人団、厳しい条件に同意頂いた担保権者、速やかな事業譲渡の実現に協力頂いた行政機関等の関係者のご尽力によるものであり、一般化・普遍化できるものではないように思われる。しかし、コロナ禍の下で経営状況が悪化し、上記2のような私的整理や民事再生等の他の法的手続の選択が困難な事案において、事業譲渡が完遂できた例として、一定の意義をもつものと考える。
参考文献
多比羅誠「事業再生手段としての破産手続の活用」(園尾隆司・西謙二・中島肇・中山孝雄・多比羅誠編『新・裁判実務体系 28巻 新版 破産法』(青林書院))
多比羅誠「破産手続のすすめ-事業再生の手法としての破産手続」(『NBL』812号32頁)
高井章光「事業譲渡、事業継続における対応」(『事業再生と債権管理』157号20頁)
(作成日:2021年5月11日)
以上