【論稿】電子記録債権と商事留置権

(文責:弁護士 金井 暁) 

 銀行の取引先が破綻し、破産手続や再生手続の開始決定がなされるに至ったとき、取立委任や割引の依頼を受けながら、いまだにその実行がなされていない手形や小切手を商事留置権に基づいてその手形ないし小切手の返還を拒否した上で、法定の手続によらずに銀行が手形を取り立て、会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定書に基づき、手形の取立金を破産者ないし再生債務者の弁済に充当できるかという問題がある。 

この点、破産の場合については、旧破産法の事案ではあるが、最判平成10・7・14(民集52巻5号1261頁。) において、民事再生の場合については、最大判平成23・12・15(民集65巻9号3511頁)において、いずれも銀行において手形を留置して取立金を破産者ないし再生債務者の弁済に充当し得ることが認められており、実務上は解決がなされている 。 

 しかし、近時は、手形と同様の機能を有する新たな債権として、電子記録債権の利用も開始されていることから、倒産手続時における電子記録債権に対する商事留置権の効力についても議論がありうるところであり、若干の考察を行うこととし、また倒産手続開始時に電子記録債権がどのように取り扱われるかについても言及することとしたい。 

1 電子商取引債権とでんさいスキーム 

平成20年12月に事業者(特に中小企業)の資金調達の円滑化等を図ることを目的として、電子記録債権法(以下「電債法」という。)が施行され、電子債権記録機関の記録原簿への電子記録をその発生・譲渡等の要件とする、既存の「手形・売掛債権」などとは異なる新たな金銭債権として、電子記録債権の利用が開始されることとなった。 

電子記録債権については、基本的に手形的な利用が想定されているものの、その内容については、各電子債権記録機関の業務規程によって定められることになるが、一般社団法人全国銀行協会が設立した電子債権記録機関である株式会社全銀電子債権ネットワーク(以下「でんさい」という。)が提供するサービス(以下「でんさいスキーム」という。)においては、専ら手形に代わる資金決済・調達手段として利用されることを念頭に設計がなされている。すなわち、でんさいスキームにおいては、銀行、信用金庫、信用組合、農協系統金融機関等の幅広い金融機関が参加し、電子記録債権を利用しようとする取引先は、決済口座を開設する銀行や信用組合等の参加金融機関を指定し、当該指定参加金融機関(以下「窓口金融機関」という。)を通じて、電子記録債権等に係る記録等を行う、いわゆる間接アクセス方式が採用され、手形の取引停止処分制度と類似の制度を整備されているなど、現行の手形と同様の機能を有するサービス内容となっている。 

電子債権記録機関としては、令和3年4月現在、でんさいの他に4社が存在し、それぞれ特色ある電子記録債権に係るサービスを提供しているが、以下は、手形的利用を前提として設計され、事業者間においてもっとも普及が進んでいると考えられるでんさいスキームを念頭にして、倒産手続開始時における電子記録債権についての商事留置権の成否を検討する。  

2 でんさいスキームにおける商事留置権の成否 

 でんさいスキームにおいては、原則的な電子記録債権の決済方法として、銀行等に対して取り立てを依頼する手形とは異なり、電債法62条2項に規定する口座間送金決済が採用されている。具体的には、①でんさいから債務者側の窓口金融機関への決済情報の提供、②支払期日における債務者側窓口金融機関の債務者口座から債権者側窓口金融機関の債権者口座への口座間送金、③債務者側窓口金融機関による、でんさいへの口座間送金があった旨の通知(電債法63条1項)④でんさいによる支払等記録(電債法63条2項)という経過をたどって電子記録債権の決済が行われる。 

 では、でんさいスキームにおける電子記録債権の債権者について破産手続ないし民事再生手続が開始された場合において、債権者の窓口金融機関が債権者に対して貸付金を有しているような場合、当該窓口金融機関が、当該債権者の保有する電子記録債権について、当該貸付金の担保として商事留置権を主張することできるか、電子記録債権については、手形と異なり紙媒体の証券が存在しないことから、商法512条に基づく商事留置権の成立要件である「有価証券」の「(準)占有」が認められないのではないかが問題となる。 

この点について、商法521条の要件を満たすためには、「有価証券」の占有が必要ではなく、「電子記録債権の占有」が「有価証券の占有」と評価可能であれば十分であるものとし、また、電子記録債権には、振替法における口座管理機関および振替口座簿と同様の仕組みは存在しないものの、電子記録債権の譲渡は「譲渡記録」が効力発生要件となっていることに着目して、「譲渡記録」が口座管理機関による振替えと同様の権能を有すると評価し、窓口金融機関が譲渡記録の過程を事実上支配しているものとして、「占有」を認め、電子記録債権について商事留置権の成立を肯定する余地があるとも考えられる。 

 しかしながら、上記の考え方に対しては、振替株式における商事留置権の議論と同様に、電子記録債権についてはそもそも有価証券に該当しないと考えられること、電子債権記録機関における記録原簿に記載された債権記録上の権利は名義人である債権者が占有しており、電子債権記録機関は、その申請によって譲渡記録の記載義務を負う(電債法7条1項)ことから、事実上の支配が存在せず、自己のために権利を行使するものでもないとして「占有」が認められないことなどの批判がそのまま妥当する。これに加えて、でんさいスキームにおいては、決済口座が開設された窓口金融機関の間での送金が行われるのみであり、利用者と窓口金融機関の間において、約束手形において行われる取立委任などの「商行為」が観念できないことから、商法521条における「商行為によって」自己の占有に属したという要件を充足できないのではないかとの疑問も呈されている。 

 以上から、電子記録債権について窓口金融機関に商事留置権を認めることは、振替株式について商事留置権を認めること以上に困難ではないかと思料され、商事留置権の成立のためには立法的な解決が必要ではないかと考える。また、以下3に述べる倒産手続開始時における電子記録債権の実務上の取り扱いによれば、でんさいスキームの運用を前提とする限りにおいては、破産や民事再生手続等の倒産手続において、電子取引債権に対する商事留置権の成否を論じる実益はあまりないものと考えられる。 

3 倒産手続開始時における電子記録債権の取り扱い 

 でんさいスキームにおいては、債権者に破産手続開始または会社更生手続開始の決定がされた場合には、債務者または債権者による窓口金融機関への口座間送金決済中止の申し出を受けて、電子記録債権の口座間送金決済は中止される(でんさいの業務規程(以下「業務規程」という。)細則40条1項4号、同42条2項3号)。また、当該電子記録債権の支払不能は、第0号支払不能事由に該当し(業務規程細則43条1項1号①)、支払不能通知が債権者および債務者に行われる(業務規程47条2項)。かかる場合、債権者は、以後口座送金決済の方法で電子記録債権の回収を行うことはできなくなり、各倒産手続に従って当該電子記録債権の回収を行うことになる。具体的には、破産手続であれば破産管財人が債務者から個別に電子記録債権の弁済を受け支払等記録を請求することで、電子記録債権の回収を行うことが実務上想定されている。 

 他方で、業務規程上、民事再生手続の開始を想定した規定は特段設けられていない。しかし、でんさいスキーム上、でんさいの債権者から窓口金融機関を通じて口座間送金決済の中止の申出がなされた場合には、支払不能事由(業務規程細則43条1項2号②)に該当するものとして、支払期日における口座間送金決済は中止される運用となっており、かかる場合、口座間送金決済の方法による電子記録債権の回収を行うことはできないことになる。よって、民事再生手続においても、電子記録債権の債権者たる再生債務者が、支払期日前に窓口金融機関に口座送金決済の中止の申出をすれば、債務者から個別に当該電子記録債権の弁済を受けることができることになり、その後債務者又は債権者において、でんさいに対して支払等記録請求を行うことになる。 

参考文献 

株式会社全銀電子債権ネットワーク「『でんさい』のすべて」第2版(金融財政事情研究会)66頁、108頁、143頁以下 

加藤貴仁「電子記録債権と商事留置権―試論」金融法務研究会報告書(22)72頁以下 

電子的記録に基づく権利を巡る法律問題研究会「振替証券・電子記録債権の導入を踏まえた法解釈論の再検討」金融研究2015年7月39頁以下 

長島・大野・常松法律事務所編「ニューホライズン事業再生と金融」[武内](商事法務)344頁以下 

(作成日:2021年5月14日) 

以上 

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