【論稿】平成14年会社更生法改正の際に提案された「特定会社更生手続」の紹介

                           文責 弁護士 上野 保 

   コロナ対策として資金繰り支援のために緊急融資が積極的に行われ,多くの企業(特に中小企業)において過剰債務の問題が生ずることが懸念されています。過剰債務問題の解決策として,「英仏韓など諸外国の制度も踏まえた,金融債権のみを対象にした多数決による債務リストラクチャリングを可能にする制度の構築も重要である」(「コロナ危機下のバランスシート問題研究会提言2-過剰債務問題の解決と人材の育成及び大胆な再配置」金融法務事情2163号38頁)という提言もされています。 

   そこで,過去の倒産法の改正に際して議論された内容について紹介をさせていただきます。 

   平成11年に民事再生法が新たに制定された後,会社更生法の改正が議論されました。平成13年6月当時,法制審倒産法制部会の委員であった上野正彦弁護士(元当研究会代表幹事)が,特定の債権のみを対象とする会社更生手続の特則手続(いわゆる「特定会社更生手続」)の制定を提言しました。この提言内容そのものは立法化されませんでしたが,事業継続のための少額弁済許可の制度(会社更生法47条5項後段)の実現に繋がり,民事再生法にも同様の少額弁済許可の制度が設けられました。 

   平成13年6月当時は,バブル経済崩壊後の過剰債務(金融機関から見た不良債権)が大きな社会問題となっており,まだ「私的整理に関するガイドライン」も公表される前でしたので,ご紹介する提言は,準則型私的整理手続が広く利用されている現状とは必ずしも前提が一致しているわけではありませんが,過剰債務問題の解決のために,過去に議論された内容をご紹介するとともに,今後も積極的に過剰債務問題の解消に向けた方策についての議論がされることを期待します。 

「特定の債権のみを対象とする会社更生手続上の特則手続の導入について」 

                             弁護士 上 野 正 彦 

1 意見 

  債権者の任意に基づく債権放棄スキームに代わる不良債権処理の方法として、会社更生手続の中に、金融債権のみを対象とする特則手続きを創設すべきである。また、特則手続の創設と合わせて、簡易・同意更生手続も導入すべきである。 

2 会社更生手続の特則の必要性 

(1)現在の長期にわたる日本経済の不況の根本的原因の一つとして、金融機関が抱える巨額の不良債権と、過大な金融負債による企業の財務内容の不健全さが挙げられている。 

   このような金融機関の巨額の不良債権の処理を進め、過大な金融負債による企業の財務内容の悪化に歯止めをかける方策として、金融機関から企業に対する債権の放棄が行われることも珍しくなくなっている。私企業間の債務の整理を律する手続きとしては、本来、法的手続である会社更生法、民事再生法に基づく手続きが用意されているのであるが、債務者会社から金融機関への債権放棄の要請が相次ぎ、かつ、金融機関もこれを受け入れるのは、これら法的手続の申立てが、債務者会社自体の信用を決定的に悪化させ、その収益力を減少させるためであることのほか、特に債務者会社が大規模であればあるほど、当該債務者会社の法的手続申立てによる悪影響を受ける中小企業が多くなり、連鎖倒産による経済全体への悪影響が無視できなくなるためである。 

   しかし、債権放棄による不良債権の処理には次のような問題点があると考えられる。 

  1. 債権放棄の必要性についての検証が不透明である 
  1. 債権放棄反対者に対する強制力のなく、結果的に不平等な放棄となるおそれがある 
  1. 株主の権利が維持される 
  1. 債権放棄後に倒産した場合に、放棄後の債権額に基づく手続参加となり不平等である 
  1. 経営者のモラルハザードを誘発するおそれがある 

(2)私人間の債権債務の帰趨を律するにあたっては、本来法的手続が用意されるべきであり、上記の社会的要請を反映した法的手続、すなわち、金融機関に対して負っている金融負債の減免のみを目的とし、営業上の取引先である債権者を手続の対象外とする再建型倒産手続、特に大規模会社に適した手続きである会社更生法の中に、金融債権のみを対象とする特則手続(以下、特定会社更生手続という)を創設することを検討すべきである。 

   特定会社更生手続の必要性及び利点としては、以下の点を上げることができる。 

①金融負債の減縮の必要性 

  バブル経済崩壊後、破綻の危機に瀕している企業の中には、一定の収益力がありながら、バブル経済を通じて膨らんだ巨額の金融負債の負担により、財務内容を悪化させているものがある。逆にいえば、この過大な金融負債を適正な規模に減縮することにより、金利支払いの負担から解放された債務者会社は、弁済の確実性を高めるだけでなく、前向きの事業投資を実施することなどにより企業活動の活性化をはかることが可能になる。債権者である金融機関も、多額の不良債権が貸借対照表上に残るよりも、額面としては減縮されたとしても返済の確実性が増す方が、経営上のメリットがあると考えられる。 

②債権放棄反対者に対する強制 

   債権放棄による処理は、それが債権者の任意による処理であるが故に、債権放棄スキームに対して反対する債権者がある場合、その反対債権者を拘束する手段がなく、結果的に債権者間の不平等を生むことにある。 

   また、金融債権者間においても、いわゆるメインバンクの責任に対する認識の違いから、各債権者の負担割合(債権放棄額)についての合意が成立しにくいことも考えられ、金融機関の経営者にとって、株主代表訴訟による責任追及との絡みで、融資先への債権放棄に応じることができない、または、応じたとしての放棄額が中途半端になるということも生じやすい。 

   これに対して、強制力のある法的手続としての特定会社更生手続によれば、その更生計画の内容について、債権者間の平等性を充たす内容とすることが可能である。 

③透明性の確保 

   債権放棄による処理は、その放棄が債務者会社の再建に真に役立つものであるか、また、その債権放棄がいかなる債権者を対象にどのような規模でなされるのかが、外部から見て不透明である。 

   これらの点が不透明であれば、結果的に債権放棄を受けた債務者会社の信用力は必ずしも回復せず、放棄後の残債権についても、その回収可能性についての評価が定まらず、会社再建のために行われた債権放棄の効果を減殺することとなる。 

   これに対して、裁判所の監督のもと、特定会社更生手続を行った場合には、管財人(及びその補助者としての公認会計士)による調査及び報告を通じて、第三者による評価がなされ、かつ、失権効を伴う債権調査確定手続により、金融負債に関しては簿外債務の洗い出しがなされることとなる。 

   その結果、特定会社更生手続を申し立てた債務者会社の財務内容が、金融負債に関しては、透明かつ完全な形で把握することが可能となり、更生計画の内容について合理性の吟味が可能となる。また、債務者会社への信用力の評価が容易になり、そのリスクに応じたビジネスの活性化を図ることができる。 

④財産評定による評価損の活用 

   債権放棄による処理においては、その放棄の総額は、債務免除益への課税を回避するために、当該債務者会社が捻出できる損失額が限度となる。逆に、必要な放棄額を確保しようとすれば、損失額の増加を図らなければならず、必要以上の資産売却等を行うなどの弊害が生じる。 

   これに対して、会社更生手続上の財産評定による評価損は、金銭債権を除き税務上の損失と扱われることが確実であり、資産売却等によらずとも損失の計上ができることとなる。その結果、債務者会社にとって必要な資産を見極めたうえで、より抜本的な債務免除を含む更生計画案の作成が可能となる。 

⑤取引上の信用の維持 

  上記①ないし④については、現行の会社更生手続においてもほぼ当てはまることであるが、現状において、現行の会社更生手続ではなく債権放棄が選択される理由の一つには、会社更生手続の申立ては、我が国の経済界における評価としては、当該債務者会社の「倒産」を意味し、申立ての事実のみで、その信用力は地に落ち、一時的に営業上の取引規模が半分以下に縮小することが珍しくないことにあると考えられる。すなわち、保全命令又は更生手続開始決定により、債務者会社から弁済を受けられなかった仕入先や下請け等の債権者は、弁済を受けられなかった(焦げ付いた)という事実のみで、債務者会社の信用力にかかわらず取引停止の措置を取る場合が多く、その結果、債務者会社の営業の規模は縮小を余儀なくされる。このことは、会社再建にとっては極めて深刻な事態である。 

  近時の大規模会社の再建型倒産手続をみると、一般取引先の債権に比べて、金融債権の額が圧倒的に大きく、一般取引先の債権について減免・支払猶予を受けることによる効果は限定的である。倒産実務では、既にこのような観点から、後述するように更生手続を申し立てた会社の一般取引先(金融債権者ではない債権者)の大多数に対しては、少額弁済(または共益債権化による弁済の許可)の範囲を拡大するという方法により、更生計画外での弁済を実施することを認めてきており、かかる取扱いは、更生会社の信用維持に大きな効果が認められる。 

   したがって、会社再建のために、更生会社の取引上の信用を維持し、ひいてはその収益力を維持させるためには、一般取引先の債権を更生手続の対象外とすることが必要であるというべきである。 

⑥取引先への影響の極小化 

   そもそも会社更生手続は、ある一定規模以上の株式会社を対象とした再建型倒産手続きであるが、そのような会社更生手続の対象となる債務者会社には、当該債務者会社を主たる取引先として依存している中小企業が存在する場合がある。 

特に、上場会社ともなれば、上記のような中小企業が多数存在することとなり、これらの中小企業に対する債務の弁済を保全命令及び更生手続開始決定により停止すれば、多数の連鎖倒産を引き起こす可能性がある。 

したがって、本来的には法的手続による処理の要請が高い場合にも、通常の会社更生手続をとったときの社会的な影響(連鎖倒産)をおそれ、または、その影響の程度を図りかねて法的手続をとらずに処理しようとする場合があると思われる。 

このような債務者会社について、特定会社更生手続を適用すれば、一般取引先への弁済は停止しないので連鎖倒産のおそれはなく、法的手続をとったこと故の社会的な悪影響を極小化することができる。 

⑦手続の迅速性、費用の抑制 

現行の会社更生手続は、債務者会社の再建を目的とする手続として、担保権者、租税債権者を含めた債権者全体に対して権利実行の制約を行う一方、当該債務者会社の資産、負債についての全面的な洗い直しを行うなど、その手続は重厚長大などと評されている。 

   しかし、変動の激しい経済情勢の中で、法的倒産手続きについても迅速な処理が社会の要請となっており、債務者会社としても法的手続に時間を要することは自らの信用回復を妨げることとなる。 

   現行の会社更生手続が、更生計画の認可までに長期間を要していた原因の一つとして、一般取引先に対する負債(買掛金)を会社更生手続の対象に含めることで、特に取引先債権者数の多い大規模会社の場合には事務作業量(各種通知の発送、関係人集会の開催準備、債権届出・調査・確定手続、更生計画案の議決手続など)が膨大となっていることが挙げられ、これら事務作業のための費用(人件費を含む)は無視できない程に大きくなっている。また、必ずしも契約書を取り交わすことなくなされている一般取引に関して、厳密な債権調査を行ったり、相殺制限の適用を行った場合には、通常取引時には問題とならない諸問題が噴出し、それを契機に取引上の関係の悪化を招くことも珍しくない。 

   他方、必ずしも更生債権額の多寡と当該更生債権のために要する事務作業量が比例しないこともあって、金融債務と比較した場合、債務の減免という形で債務者会社の再建に役立つという意味での費用対効果は低いと言わざるを得ない。それ故、後述するように、会社更生手続における事務の簡素化を目的の一つとして、少額弁済の範囲が拡大されてきているといえる。 

   よって、金融債権以外の債権を、会社更生手続の対象外として、これらの債権を有する債権者に対しては、会社更生法上の各種の手続保障を不要とすることは、会社更生手続の迅速化及び費用の抑制に大きく役立つといえる。 

3 「特定会社更生手続」の許容性 

(1)上記4では、特定会社更生手続の必要性及び利点を挙げたが、同手続が、債務者会社の債権者のうち、特定の債権者(金融債権者)のみを対象とし、多数決原理のもとで反対する金融債権者の債権の減免をも強制するものであるから、形式的には倒産法制度における債権者平等原則の大原則に反していると言わざるを得ない。 

   そこで、債権者平等の原則の例外を許容することができるのかが問題となるが、以下に挙げた観点から考えれば、特定会社更生手続は、法制度として許容される合理性を有していると考える。 

①金融債権とその他の債権の違い 

   特定会社更生手続の対象となる「金融債権」とは、主に金銭消費貸借契約(準消費貸借契約)に基づく貸金返還請求権(利息、遅延損害金を含む)、及び、同債権を主たる債務とする保証債務履行請求権である。このような「金融債権」と、一般取引先の有する債権とを区別して取り扱う根拠は、金銭消費貸借に基づく貸金債権の前提となる与信のあり方と、商品またはサービスの対価としての売掛債権の前提となる与信のあり方とは、根本的な差異があることに求められるべきであろう。 

   すなわち、金銭消費貸借契約に基づいて金員を貸し付ける行為は、一定期間、資金提供をすることにより、当該資金を債務者会社の運用に委ねることで、その運用益を金利という形で取得するものである。これに対して、商品又はサービスの対価としての売掛債権は、本来同時履行であることが原則であるというべき代金決済の場面において、その支払債務の弁済に期限の猶予を与えることを本質とするものであり、基本的には、商品又はサービスの提供者が、自己の資産を債務者会社の運用に委ねるという意思までは認められない。 

   そもそも、会社の破綻とは、資本(株主)または負債(債権者)から得た資金の運用に失敗して、そのままの状態では事業の継続ができなくなった状態のことを指すと解すべきところ、かかる状況において、負担を負うべき程度を定める基準としては、資産提供の意図が破綻会社の運用に委ねる目的であったか否かを目安とすべきであり、運用に委ねる意図であったとすれば、その運用の失敗による負担はより多く負うべきであるといえる。 

   かかる考え方によれば、特定会社更生手続において、債務者会社の再建に必要な範囲内で、金融債権が一般取引先の有する債権に比べてより多くの負担を負うことには理由があるといえる。 

②少額弁済拡大の実情 

   最近申立てがなされた大規模な会社更生事件においては、保全命令及び更生手続開始決定の時点において、裁判所が、保全命令の対象外として、または、少額弁済(会社更生法112条の2第4項)として、更生計画外での弁済を許可する更生債権の範囲が拡大している。 

   たとえば、平成12年5月に更生手続開始申立てを行った株式会社ライフと株式会社第一ホテルは、それぞれ1000万円以下の債務、300万円以下の債務について、保全命令(保全管理命令)の対象外とされるとともに、更生手続開始決定後は引き続き同額が少額弁済の許可の対象となっているとのことである。さらに、保全命令においては、金額による区分だけでなく、両社の事業内容に応じて、ある一定の種類の債権(立替金支払債務、婚礼・宴会予約金返還債務)については、保全命令の対象外となったようである。 

   また、平成12年10月に更生手続開始申立てを行った千代田生命保険相互会社と協栄生命保険株式会社については、保全命令前の原因に基づく債権のうち常務に基づく債務一般については、保全命令の対象外とされ、更生手続開始決定後も引き続き裁判所の許可を得たうえで弁済がなされたようである。民事再生手続においても「そごう」の場合は、少額弁済が広い範囲で認められ、仕入先業者のほとんどがその対象となったと言われている。 

   このように、現在の再建型倒産手続きの実務において、大規模会社に対する会社更生手続または民事再生手続で少額弁済の範囲を拡大している。そもそも、少額弁済は、手続対象債権者を減少させ、手続の円滑化を図るためであるが、現状の少額弁済は、それにとどまらず、再建型倒産手続固有の問題として、多数の一般取引先に対する弁済の停止が、債務者会社の取引に多大な混乱をもたらし、営業上の信用に徹底的なダメージを与えてしまい、結果的に営業の継続を困難にして、再建の可能性を著しく低めることになるため、少額弁済の拡大によって、債務者会社の営業上の信用維持をできる限り図ろうとする目的があると思われる。そして、少額弁済の拡大は、現行法上、大規模会社再建のために必須の手法であり、その効果は極めて大きいと評すべきである。当初債権者数の9割を超える債権者が少額債権の対象となる事案もあることなどを見れば、既に実務上は、実質的に、金融債権と一般取引上の債権とを区別して取扱い、金融債権のみを会社更生手続の対象とすることが行われているといってもよい。 

   しかし、少額弁済の範囲拡大には、次のような問題があると思われる。 

  ⅰ 少額弁済の範囲の拡大することにより、従来から見れば「少額」とは言い難い金額の債権の弁済が認められており、大多数の債権者が少額弁済の対象となる事態は、会社更生法112条の2第4項が想定していた状況とはかけ離れていると思われる。 

  ⅱ 少額弁済は、債権金額の多寡により対象を限定するが、債務者会社の状況に応じた上限金額の設定は難しい問題であり、その金額設定の根拠について合理的な説明は困難であると思われる。大多数の債権者に対して、高額の「少額弁済」がなされている状況では、同種の債権者との間で実質的な平等が守られていると言えるかについて疑問がある。 

  ⅲ 少額弁済であるが故に、弁済対象となる債権の上限額の設定は必須であるが、債務者会社にとって大切な取引先(仕入先)ほど、多額の債権を有しているのが通常であり、少額弁済による弁済が認められたとしても、かかる重要取引先は、少額弁済の対象とならないことが多い。更生会社にとって重要な取引先ばかりを対象に債務免除を求めることになり、更生会社としても対応に苦慮する場面が生ずる。 

  ⅳ 裁判所は、少額弁済の「許可」をするのみであり、弁済をするか否かは管財人の判断に委ねられている。少額弁済許可の対象に含まれる債権者であっても、管財人が任意に支払いをなさないときでも、あくまで更生手続に基づいた権利行使しか認められないこととなり、少額弁済としての全額弁済をおこなうかどうかは管財人の恣意に任されるおそれがある。すなわち、潜在的に不平等な取扱いを許す余地があるといえる。 

   以上のとおり、少額弁済の拡大には、上記ⅰないしⅳに述べるような問題点も孕んでいることから、その無限定な拡大には問題がある。 

③モラルハザードに対する対処 

   特定会社更生手続は、その運用によっては、安易な申立てによる金融債権の減免要求が濫発する危険もある。 

   このようないわばモラルハザードの危険に対しては、特定会社更生手続も、会社更生手続の特則であるため、現行の会社更生手続と同様に、管財人の選任を必須とし、資本構成の変更を原則とすること、取締役に対する損害賠償請求の査定手続が存在することなどの措置により、従前の会社支配の関係からの脱却を図り、旧経営陣の責任を追及することが可能な手続とすれば、濫用的申立てとなるおそれは低いといえる。 

   また、管財人は、更生会社の業務及び財産内容について調査を行うこととなるので、その中で法的手続による会社再建にふさわしくない事項を発見すれば、裁判所に対してその旨の意見を述べて、申立ての棄却、手続の廃止・取消を行うこともできる。 

   そもそも、特定更生手続は、本業である営業についても収益力がなく、競争力の回復を見込めない会社については、金融負債の減免と経営の刷新を行ったとしても会社再建が困難であるので、本手続の適用を認めないこととすべきであろう。また、金融負債の割合が低い債務者については、そもそも本手続き適用の前提を欠いているというべきであり、この点は、特定更生手続の対象となる債務者会社の要件と関連することとなる。 

   ただし、管財人を必須の機関としたとしても、旧経営者を必ず放逐することが会社再建に役立つとは限らないので、管財人が、旧経営者の補佐を受けながら営業を行うことや、極端な例として、債権者の多数の同意を前提として、旧経営者だった者が管財人に選任されることも禁じられないというべきである。 

④継続企業価値の保証 

   上記①で述べたとおり、金融債権とその他の債権を区別して扱うことに関して、実質的に債権者平等の原則に反するものではないと考えるが、金融債権者の権利の保護として、更生計画に基づいて金融債権が受ける弁済額は、担保権付金融債権であればその担保物件の継続企業価値、担保権なし金融債権であれば、更生手続開始決定時における更生会社の継続企業価値を保障するものであることを要するというべきである。 

   もっとも、そもそも会社更生手続が、担保権の実行をも制約する手続であることを考慮すれば、原則として別除権の実行を手続外においている民事再生手続とは、債権者の権利の保護に対する姿勢が異なっているというべきであり、民事再生手続が、原則として各債権者の債権回収の極大化をめざす手続であるのに対して、担保権の実行を制約する会社更生手続は、債権回収の極大化だけを目的とするのではない手続であり、担保権者の権利を一定の範囲で保護しつつ、会社再建のために関係当事者の権利を広く制限する手続であるといえる。会社更生手続を以上のように理解すれば、会社の再建のために、一般取引先である債権者への全額弁済、すなわち一般取引に基づく債権を会社更生手続の対象外とすることが役に立つのであれば、金融債権者に対しては継続企業価値を保障することを前提に、金融債権のみを減免する会社更生手続が存在することは許されると考える。 

4 簡易・同意更生手続の創設 

  民事再生法では、簡易な手続による再生を認める制度を設けたが、民事再生法施行後、民事再生手続自体は活発に利用されているのに比べ、簡易・同意再生手続の利用は極端に少ない。その原因については、様々考えられるが、債務者会社が、民事再生手続の申立てを行う前に、広く多数の債権者、特に営業取引先である債権者との間で、民事再生手続の申立てを前提とした再生計画案についての折衝をすることが、営業の継続や信用維持のうえで困難であることが挙げられる。このような点からすれば、大規模会社を適用対象と考えている会社更生手続においては、簡易・同意更生手続の利用は、より困難であるということになる。 

   しかし、逆にいえば、手続の対象となる債権者数が少なく、事前の折衝によっても営業の継続や信用の維持に特別の悪影響がない場合には、迅速な手続・費用の抑制・信用毀損の極小化など、簡易・同意再生続の有用性は失われていないというべきである。 

   そして、会社更生手続にも、上述の特定会社更生手続が創設されるならば、同手続の申立てを前提とした更生計画案の事前折衝は、金融債権者との間でのみ行えばよいため、簡易・同意更生手続が利用される可能性は高くなり、むしろ、特定会社更生手続は、簡易・同意更生手続として行われることが、その有用性を最大限に発揮することになるといえる。 

   よって、特定会社更生手続の創設とあわせて、簡易・同意更生手続の導入も行うべきである。 

5 問題点 

  特定会社更生手続を具体的な法制度としていくためには、いくつかの具体的な問題点が考えられるので、以下に挙げることとする。 

①特定会社更生手続の対象となる会社 

   特定会社更生手続は、その必要性のところで述べたとおり、収益性のある事業を有しながら、過大な金融負債による金利支払いの負担や財務内容の不健全さの故に、より積極的な事業の拡大や新たな投資等ができずにいる債務者会社について、その金融負債に限って減免を行うことにより、当該債務者会社の再建と企業活動の活性化を図るものである。逆にいえば、そもそも収益性が著しく低い会社については、これを存続させる社会的意義が小さくなり、金融債権に限って減免の対象とすることの根拠も失われることとなる。また、総負債額のうち、金融負債の割合が高くない債務者会社にあっては、金融負債のみの減免によっては債権の目的を達し得ないこととなるので、特定会社更   生手続の適用は意味がないこととなる。 

   よって、特定会社更生手続の開始決定は、金融債権が債務者会社の全負債のうち一定割合(8~9割)以上であること、および、収益性が著しく低くないこと(または、収益性を向上させることができる見込みがあること)を要件に加え、他方、金融負債の減免によっても収益性が著しく低いままであると認められるときは申立て棄却となることを定めるべきであろう。 

②可決要件 

   特定会社更生手続は、金融債権とその他の債権を区別して扱うため、更生計画案の内容はより厳密な合理性が求められるというべきであり、その合理性の担保のためには、通常の会社更生手続に比べて可決要件を厳しくする必要があると考える。 

③金融債権の範囲 

   特定会社更生手続の対象となる金融債権の範囲については、予測可能性を確保する観点から、明確に定義することが要求され、特定会社更生手続の対象とすべきかどうか問題となる種類の債権も存在する。 

   社債については、既に述べたように金融債権を区別する根拠が、債務者会社へ資金の運用を委ねている趣旨であることにあるとすれば、特定会社更生手続の対象に含まれるとすべきであろう。 

   リース債権については、特定のリース物件の利用と密接に関連しているので、特定会社更生手続の対象とはならないと考えるべきであろう。 

   一般取引に基づく債権との境界をなすものとして、取引先から預かった取引保証金(大規模会社の場合、取引保証金を預かる立場にあることが多い)、不動産賃貸に関連した敷金・保証金などがあるが、これらはむしろ営業取引に密接に関連しているというべきであり、特定会社更生手続の対象とはしないと考えるべきであろう。 

④更生計画案の不認可、特定会社更生手続の廃止の場合の措置 

   特定更生手続の開始決定がなされたものの、更生計画案が不認可となり、または特手更生手続が廃止された場合に、更生会社をどのように処遇すべきかが問題となる。このような場合であっても、必ずしも清算をすべき状況となるとは限らないので、通常の会社更生手続、民事再生手続への移行も可能にしておくことが必要と思われる。 

⑤二次倒産の場合の取扱い 

   一度、特定会社更生手続を申し立てて更生計画の認可確定を得た会社が、再度、法的倒産手続きの対象となった場合、金融債権者は、最初の特定会社更生手続において既に一度減免を受けていることになるため、減免後の債権額を基準に二度目の法的手続に参加しなければならないとすれば、一般取引に基づく債権者に比べ不利であると言わざるを得ない。  

   そこで、特定会社更生手続に基づく更生計画認可決定後、当該債務者会社が、一定期間内に再度法的倒産手続の対象となったときには、金融債権者は特定会社更生手続による減免前の債権額をもって参加できると定める必要がある。 

⑥時限立法化について 

   特定会社更生手続の必要性で指摘した過大な金融負債の存在は、バブル経済崩壊後の長期にわたる不況という経済状況下での現象と見ることもできるので、特定会社更生手続は時限立法で足りるとする見解もあるが、他方、金融債務と一般取引上の債務の質的な違いは一時的な現象というものではなく、特に再建型手続については、金融債務と一般取引債務を区別する取扱いを恒久的な制度として認める余地もあると考えられる。 

以上 

(作成日:2021年7月2日) 

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